遺言とは

1.遺言がなぜ必要か

遺言はもめないための必需品となっています。
遺言書の作成は相続を迎えたときに相続人間で争いが起こらないようにするためというのが一番の理由です。相続人がどのような財産を欲しがるのか読めません。各相続人が欲を出せば、もめごとになる可能性があるからです。
遺言では相続人その他の者に対し、財産の指定ができますので、ご本人の意向に合わせて遺言書を作成することができ、思うような財産の承継が可能(遺留分というものを除いて)になります。
また、相続人以外の者に対して、財産を与えることも遺言では可能です。
このように遺言には、もめないために、あるいは思い通りに、さらには相続人以外の者へも財産を与えることなど、その効果は大きなものです。
欧米では、遺言するのは本人の義務とされていますが、日本では「自分の亡き後のことで自分には関係がない」、「健康で元気なため遺言書を作成する必要ない」とか、また、「自分のところではもめない」と考える方が多くいます。
遺言書の作成が年々増加しているようですが、「まだまだ必要ない」と考える方が多いものです。

  遺言の必要性


もめないための


本人の意思表示


相続人以外の者への遺贈

相続のパターンは①もめる、②もめない、③何とかまとまる、の3つの形態です。
このうち、「②のもめない」ところは、生前からご本人の財産や家について話を相続人(推定相続人)にされており、十分に相続人が理解している場合だと思われます。
それ以外の場合ですと、もめる可能性があります。
法律は法定相続(相続人の構成によって定められる相続分)を定めながら、一方で相続人の話合いによる分割協議によることも認めています。家や事業を継ぐ者が財産を手厚く相続するという考えが従来からありますので、簡単に話合いでまとまりません。
ということで、何もしないで放っておくことは、もめる可能性を高めてしまいます。そうならないために遺言が必要です。

2.遺言書の作成

遺言はご本人の相続に関して、財産を誰にどのように分けるかを中心に指定します。
民法は相続に関して、相続人や相続分を指定していますが、例外的に財産所有者である本人の意思表示である遺言があれば、法定の相続や協議分割に優先させています。
この遺言をすることによって、相続人間での分割協議による話合いを少なくし相続人間でのもめごとの発生を抑えます。
遺言が優先するだけに、遺言書の作成や記載方法については厳格な要件を設けており、その要件に該当しない遺言書は法的効力のない無効なものとされています。
遺言には一般的に自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類の遺言書がありますが、本人単独で作成できる自筆証書遺言が簡単で便利な反面、安全確実ではありません。一方、公正証書遺言は公証人によって作成されますので、費用はかかりますが安心で確実な方法です。
遺言書として毎年作成される件数は、公正証書遺言で7万件を超えており、自筆証書遺言は件数が把握できませんが、相当数あり増加していると思われます。

遺言の概要(遺言は何を決めるか)

写真:手帳のイメージ

遺言は、被相続人の単独による行為で、遺言を受ける者の承諾が必要のないことから、民法でその様式をきちんと定めています(民960)。
その方式が守られていないとその遺言は無効になります。民法が遺言に厳格な方式を要求しているのは、相続が起きてから、その遺言の真偽や内容をめぐって紛争が生じても、遺言者が亡くなっていることにより、確かめようがないためです。

民法の定める遺言の方式は、普通の方式の場合の3種類と特別な方式の場合の4種類の計7種類となっています(民967)。普通方式には自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言が、特別方式には一般危急時遺言、船舶遭難者の遺言、伝染病隔離者の遺言、在船者の遺言があります。

遺言は、民法その他の法律で定められた事項(法定事項)についてのみ有効でそれ以外の事項に関する遺言は無効となっています。

その法定事項は以下のとおりです。

(1)身分に関するもの

  • 子の認知
  • 未成年者に対する後見人の指定や後見監督人の指定

(2)相続および財産処分に関するもの

  • 相続財産の寄付
  • 相続人の廃除やその取消し
  • 相続分(財産の何割とか何分の1とかの割合)の指定やそれを第3者に委託すること
  • 特別受益分の持ち戻しをしないこと
  • 相続分割方法(誰に何をというような)やそれを第3者に委託すること
  • 遺産分割を禁止すること
  • 相続人間の担保責任の負担を変更すること
  • 遺贈
  • 遺言執行者を指定したり、第3者に委託すること
  • 遺留分の減殺請求を受けた時の減殺方法を指定すること
  • 信託の設定をすること

自筆証書遺言(被相続人の自筆による遺言)

自筆証書遺言は、遺言者が遺言書の全文、日付および氏名を自書し、これに印を押さなければならないと決められています(民968①)。

1.自書の方法

写真:ペンのイメージ

自筆証書遺言では、遺言者が遺言書の全文・日付・氏名を自書、すなわち自分で手書きしなければなりません。他人が書いたものではダメで、またワープロ等を使って印刷したものやテープレコーダーに吹き込んだものも自筆証書遺言とはいえません。

また、印は「認め」でも構いませんが、実印の方が被相続人であることの証拠力を高めますので、実印で押印する方がよいでしょう。

平成30年の民法改正により、自筆証書にこれと一体のものとして財産の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しなくなりました。他人が書いたものやパソコンで作成したもの、あるいは画像やコピーでもよくなりました。ただし、財産目録を利用する場合には、遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならないとされています。

2.加除訂正

作成済みの自筆証書遺言に新たに字句を書き加えたり、前の字句を削除したりして遺言書の内容に変更を加える場合には、遺言者が変更した場所を指示し、変更した旨を付記して署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければなりません。
加除訂正が正しくされませんと、変更の効力が生じませんので気をつけないといけません(民968②)。

4.用紙

遺言書の用紙は問いませんので、便箋やノート何でも構いません。枚数の制限もありませんので、何ページでも結構です。
遺言書が二枚以上にわたる場合には、その二枚の境に印(契印)を押しますが、たとえ契印がなくても、その数枚が一通の遺言書として作成されたものであることが確認されれば、有効な遺言書となります。

5.日付

写真:電卓のイメージ

日付の記載は、複数の遺言書が見つかった場合にその作成の前後を決定するために必要となります。したがって作成年月日の記載のない自筆証書遺言は無効で、年月だけで、日がはいっていないものも無効です。
例えば、日付として「平成20年7月吉日」と記載したものは、暦上の特定の日を表示したものとはいえないので、無効です。
遺言書の全文を書き上げた日にその日付を書くのが普通ですが、遺言書作成の翌日に、作成した日の日付を書いたものでも有効です。
さらに、遺言書作成から数日後にその日付を記載した遺言書は、その日付が記載された日に成立したものとされます。

自筆証書遺言の法務局での保管制度

自筆証書遺言は、隠匿や紛失しないよう、安全確実に管理するとともに、相続時に発見されやすいようにしておかなくてはなりません。

この保管に関する点での改善が平成30年の民法改正により、令和2年7月10日から法務局での自筆証書遺言の保管制度がスタートしました。

1.法務局での自筆証書遺言の保管の申請

自筆証書遺言を法務局で保管する場合の申請の手順は以下のとおりです。

(ア) 自筆証書遺言の作成・・・自筆証書遺言を作成し、封をしないでおきます。

(イ) 法務局の選択・・・住所地、本籍地、又は不動産の所有地の法務局のうち、いずれかの法務局を選択します。

(ウ) 保管の申請書作成・・・保管の申請書がありますので予め記載し作成します。

(エ) 法務局への予約・・・法務局へ保管の申請のための予約を入れます、

(オ) 保管の申請・・・保管の申請書、自筆証書遺言書、本籍地入りの住民票の写し(3か月以内のもの)、本人確認書類を用意して法務局へ出向きます。(手数料は3,900円)法務局では遺言書保管官として指定された法務事務官が遺言者本人の確認と遺言書の様式を確認します。

(カ) 保管証の受取り・・・遺言者の氏名、出生の年月日、保管所の名称及び保管番号が記載された保管証を受け取ります。


2.法務局で保管された遺言書の調べ方と遺言書の内容の把握

遺言書が法務局で保管されているかどうかを調べることができるのは、相続人や受遺者、遺言執行者等(これを「関係相続人等」をいいます。)に限られ、この関係相続人等が遺言者の死亡の事実を証明できる戸籍や自らの住民票の写しや遺言者との関係を示す戸籍等を持って、法務局(全国のいずれの法務局でもよい)へ交付の請求を行います。

法務局で保管されていれば、「遺言書保管事実証明書」が交付され、いつどこで作成されたのかがわかります。そのうえで、遺言書の内容の証明である「遺言書情報証明書」の交付の請求を行い、この遺言書の画像データとともに遺言書情報証明書が交付され、その遺言書の内容を知ることができ、この「遺言書情報証明書」をもって不動産の相続登記や預貯金の払出しを受けることができます。

また、この「遺言書情報証明書」が交付されますと、交付を申請した者以外の関係相続人等へ遺言書を保管している旨の通知がされます。

公正証書遺言(公証人作成の遺言)

公正証書による遺言をするには、公証人によって公証証書を作成し、公証人役場に保管しなければなりません。(民969)

1.要式

①2人以上の証人の立会いが必要です。
②遺言者が遺言の趣旨を公証人に口頭で述べます。
③それを公証人が筆記したうえで、遺言者および証人に読み聞かせ、または閲覧させます。
④遺言者および証人が、筆記の正確なことを承認したのち、各自これに署名・押印します(ただし遺言者が病気等のため署名することができない場合は、公証人がその理由を付記して、署名に代えることができます)。
⑤公証人が民法の定める公正証書遺言の方式にしたがって作成した遺言書であることを付記し、署名・押印します。

2.言語、聴覚障害者の場合

写真:木のイメージ

平成11年の民法の一部改正により、従来は利用が難しかった言語障害者(口がきけない者)と聴覚障害者(耳が聞こえない者)も、手話通訳者や筆談を用いて公正証書遺言を作成することができるようになりました(民969の2)。
言語障害者は、遺言内容を公証人に「通訳人の通訳(手話通訳等)」により申し述べるか、または「自書(筆談)」すれば、口頭で述べたことになります。
そのうえで公証人は、筆記した内容が正確であることを遺言者および証人に読み聞かせ、または、閲覧させることにより確認します。また、聴覚障害者の場合には「自書」すれば、口頭で述べたことになり、公証人が同様な手続きで遺言者及び証人に確認します。

公正証書遺言は、原本が公証人役場に保管されるので偽造・変造のおそれがなく、また、家庭裁判所による検認を必要としないため、遺言者の死亡後、直ちに遺言の内容を実現することができます。

3.証人

なお、証人には、未成年者、推定相続人及び受遺者並びにこれらの者の配偶者及び直系血族さらに公証人の配偶者、4親等以内の親族、書記、及び使用人はなれません。

各遺言書の長所短所

一般的に遺言書作成で用いられる自筆証書遺言と公正証書遺言の長所と短所を以下の表にまとめてみます。


長所短所
自筆証書遺言
  • 簡単に作成できる。
  • 費用がかからない。
  • いつでもどこでも作成できる。
  • 秘密が保てる。
  • 証人が不要である。
  • 長文であれば、作成が大変。
  • 偽造、紛失の恐れがある。
  • 筆跡でもめる恐れがある。
  • 裁判所の検認が必要である。
  • 形式の不備があり得る。
公正証書遺言
  • 紛失や偽造の恐れがない。
  • 公証人役場で保存される。
  • 検認手続が不要である。
  • 形式の不備がない。
  • 言語障害者や聴覚障害者も遺言できる。
  • 手続きが面倒である。
  • 公証人の費用がかかる。
  • 2人以上の証人が必要である。

平成30年の民法改正により、自筆証書遺言の方式緩和と法務局での保管制度の新設によって、自筆証書遺言が作成しやすくなったこと、また法務局で自筆証書遺言を預けられるようになって、偽造や紛失の恐れがなくなり、本人自身が預けたことも立証され、形式の不備もなく、また裁判所の検認も必要なくなったことなど、短所がかなり解消されました。

一般危急時遺言(万が一の場合の遺言)

一般危急時遺言とは、病気などのために死亡の危急に迫った者にだけ認められた特別な遺言方式です。(民976)

要式

写真:手帳のイメージ

①遺言者は「疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者」に限られます。
②証人3人以上の立ち合いが必要です。
③遺言者は証人の一人に遺言の趣旨を口頭で伝えます。
 言語障害者は、この方法に代えて、遺言の趣旨を通訳人の通訳(手話通訳等)により申述します。
④遺言を聞いた証人は、それを筆記したうえで、遺言者および他の証人に読み聞かせ、または閲覧させます。遺言者および他の証人が聴覚障害者である場合は、読み聞かせに代え、通訳人による通訳(手話通訳等)によることもできます。
⑤各証人は、筆記の正確なことを承知したのち、これに署名し、印を押します。遺言者の署名・押印は必要ではありません。

この遺言は、遺言のあった日から20日以内に、証人の1人又は利害関係人から家庭裁判所に請求し、その確認を得なければ、効力を有しないこととなります。

遺贈(遺贈の意味)

1.遺贈の意義

写真:家族のイメージ

遺贈」とは、遺言によって自分の財産の全部又は一部の処分をすることをいいます。
遺贈をする者を「遺贈者」といい、遺贈を受ける者を「受遺者」といいます。
遺言による単独行為である点で、契約である「死因贈与」とは異なります。また、死亡を原因とする行為である点で、「生前贈与」とも異なります。
受遺者は、自然人に限らず、法人もなり得ます。相続人でもよいし、胎児もまた、遺贈に関しては既に生まれたものとみなされます(民965、886)。

2.包括遺贈と特定遺贈

遺贈には、包括遺贈と特定遺贈があります(964条)。
「包括遺贈」とは、遺産の全部又は一定の抽象的な割合(何%とか、何割とか何分の1とか)で示された遺贈です。
したがって、民法は、包括受遺者は、相続人と同一の権利義務を有するものと定めています(民990)。
これにより、他の包括受遺者又は相続人と遺産を共有して分割の協議にも参加し、遺贈の承認ご放棄も遺贈の規定によらず、相続の規定に従うもの(したがって「限定承認」も可能)と解されています。
さらに一定の割合で包括遺贈された場合には、財産だけでなく、債務も同じ割合で承継することになります。
「特定遺贈」は、具体的な財産の遺贈です。特定受遺者は、相続人ではなしに受贈者の立場です。

3.負担付遺贈

負担付遺贈とは、受遺者に一定の法律上の義務を負担させる遺贈です。例えば、アパートとともにそれに関連した借入金を併せて遺言するような場合です。
この負担付遺贈は、包括遺贈でも特定遺贈でもあります。また、負担付遺贈の受遺者は、遺贈の目的となった財産の価額の範囲内においてのみ、負担した義務の履行責任を負います(民1002)。
したがって、負担付遺贈の目的物の価額が、限定承認や遺留分の減殺により減少したときは、その減少の割合に応じて、その負担した義務を免れます。

死因贈与(死亡を効力発生とする贈与契約)

写真:都会のイメージ

死因贈与」とは、贈与者の死亡の時からその効力が発生するものと定めた贈与です。
これは贈与者の単独行為ではなく、相手方(受贈者)との契約ですから、受贈者の同意が必要である点が遺贈と異なります。
死因贈与も、贈与者の死亡によって効力を生ずる点では遺贈と同じですが、遺言の方式による必要はなく、任意の契約書によれば有効です。
死因贈与には、民法上、遺贈の規定が準用され(民554)、贈与者が一方的に撤回することが可能で、遺留分の請求の対象にもなります。

ただし、この死因贈与の撤回は遺言の方式によってなされる必要はありません。相続税法上も、死因贈与を遺贈に含めて規定しており、贈与税ではなく、相続税が課税されます。これは経済的側面からみて、死亡を原因として遺産を取得する点で相続と同じであるからです。